昨日よりも自由。30代からの感情解放。★無料メール相談受付中★

感情を抑えて自分を抑えて良い子ちゃんをやるのはもう卒業。30代、性と生のすべてにまつわる感情解放の日々の記録。メール相談はhttp://sarasainmidnight.hatenablog.com/entry/2017/07/22/142258

まぶしいほどの幸福感/たとえ執着を捨てられなくても

12月でも薄着で過ごせる温かく日差しの気持ちのいい場所に居ながらも、
私は全然楽しめていなかった。
 
 
執着していた。
ある人からの届くあてもない連絡を待ち続けていた。
 

 

どんなに美しい風景を見ても、美味しいものを食べても、
「メール…」
Wifiスポット…」
ばっかり繰り返し繰り返し考えていた。
 
 
こういうときに雑念を振り払ってみたりとか、どうにかして目の前のことを楽しんでみたりとか私にはできない。
私はマッチョでも自分に嘘つけるほど器用でもなかった。頑固ちゃんだった。
 
完全に心を日本に忘れて来ていた。
私はこんなところで何をやっているんだろう。
 
***
 
「メール…」「Wifi…」のマントラを唱えながら街を歩き続けた。
 
3日間くらいそんな調子で、いい加減同じことばかり考えることにも飽きてきた(←これポイントかも)頃、
やっと物事を違う局面から見ることができた。
 
ふと疑問が浮かんだのだ。
 
「果たして私は、待ち焦がれているメールが来れば、本当に充ち足りるのか?」
 
 
微妙だった。
 
ていうか限りなくNOに近かった。
 
 
もしその人から連絡が入れば、私は飛び上がって喜ぶだろう。
でもまた欲しくなる。果てしない飢餓状態に陥ることが目に見えている。
 
それを果たして幸福と言えるのか。
 
 
じゃあ、私にとっての幸福とは何か。
どんな状態を幸福と言えるのか。
 
想像してみた。
 
 
もう何も要らないような、
まぶしい光を全身に浴びているような、
胸に温かいものが満ちてくるような、
思わず口元がほころんでくるような、
ただただ自分の存在を祝福されているような、
ただただ圧倒されるような、
全てが報われたような、
愛に充ちているような、
腹の底からこんこんと力が湧いてくるような。
 
 
そんな幸福をひととき思い、そして実際幸せな気持ちになった。
 
 
実際に自分が居る場所は日光がまぶしく、美しく緑が茂り、人々が穏やかで、
街角からはコーヒーの良い香りが漂っていた。
 
さっきまでそんなもの、全く目に映っていなかったのに。
 
***
 
何も状況は変わっていない。
執着心から目を反らしたわけでも蓋をしたわけでもない。
私は相変わらず連絡を待っていたけれど、そんなこととは関係なく、私はいつでも幸せになれるのだと感じた。
 
何も解決していないけれど、もうこれがわかっただけで大丈夫になれた気がした。
 
世界が一変する出来事だった。
 
 
***
 
執着心だけではない。
 
きっと皆そうだと思うけれど、私の中には深く大きく暗い穴が空いている。
歳を重ねるごとにその闇は濃さを増し、しんと静まり返っていくような気がする。
 
 
闇はこれからもきっと消えることはないし、そのまま心の中に潜めておけばいい。
 
幸福はそれとは何の関係もなく、いつでもすぐそこにある。
 

f:id:sarasainmidnight:20151210004114j:plain