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インナーチャイルド と、傷を知る前の無垢な自分

ある日の空の上での出来事。

 

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その日私は心も身体も脳も使いまくって疲れ果てて帰りの飛行機に乗り込んだ。
 
ぶっ通しでいろんな人と会っていろんな話をしていたから神経は尖り、頭の中はうるさく、身体は緊張していた。

 

寝れん。ひたすら目をつむって休む。目が回る。お腹空いた。糖分も塩分も水分も全部足りない。サービスドリンク全部くれ。いっそ入院させてくれ。ああ自分うるさい。ちょっと落ち着け。
 
 
私の中の私がしゃべり出した。
 
 
「お父さん、疲れた。お母さん、疲れた。助けて」
 
急に湧き出てきた言葉に正気になった。
 
 

【両親と私の関係】

 
普段の自分はまずこんなことは言わない。
実家から離れて暮らしている私は、個人的な話を両親とすることはあまりないし、とうの昔に諦めた。
 
両親は両親なりに私のことを愛していたのだと思うけれど、子どもの頃から彼らはとにかく厳しかった。
 
それぞれの自分の中の「こうでなくては」「こうしてはならない」という縛りが厳しくて、それを子どもにそのまま伝授することが即ち彼らの教育だった。
両親もまたそれぞれの両親から、そのような教育を受けてきたのだった。
 
彼らは常にそうやって駆り立てられてきて、親に対する思いや葛藤が未消化のまま大人になったから、子どもの私に対して感情がモロ出しだった。
 
親が私に「夜は早く帰りなさい」と言うのに対して、「何時までに?」という話し合いすらもできなかった。
とにかく通じない。「とにかく早く帰るのだ」の一点張り。
イライラと不安だけが伝わってきた。
 
そんな両親のことを、早いうちから無意識に距離を置くようになっていた。
 
母親とは30歳になる手前に激しい口論を経て、やっと自分のことを一人の人として理解してもらえるようになったけれど、父親とはいまだにわかり合えていない。
 
何度も激しいケンカをしているけれど、父親は私が何を言いたいのか、そもそも言いたいことがあるのだということも、いまだに伝わらない。
 
そしてわかりあえる前に、父親認知症になった。
 
 

インナーチャイルドとの付き合い】

 
子どもの頃から、親からの愛を実感したことがなかったし、そういうもんだと思っていた。
 
親の顔色を伺い親の期待に応えることしか子どもの私が生きる道はなかった。それ以外の道を思うことすらなかった。
 
成長して、周りの家庭を知って愕然とした。
 
すごく孤独だった思うし、寂しかったと思う。
親との関係性がその後の恋愛に影響をもたらすとはよく聞く話だけれど、本当だと思う。
 
今はもう親を責めることはないけれど、昔から孤独感と寂しさがずっとあって、どんなに楽しく充実した暮らしをしていても、ふとしたときに寒々しさを感じることが多々あった。
 
他人とわかり合えることなんてあるのだろうかと思った。
 
 

【無垢な自分とただただ優しい世界】

 
そんな私が、極度に疲弊した先日、心の中でだけど両親に、甘えた。
 
それで思い出した。
 
確かに自分は子どもの頃に両親との関係で傷ついて信じることもできなくなっていたけれど、もっと遡ると、傷ついていない時期も確かにあったはず。
 
もしかしたらすごく短い期間だったかも知れないけど、無条件に親を信頼し、だっこをねだり、くっついていった時期。
その関係の中には愛しか感じなくて、自分は守られていると信じて疑わなかった時期。
 
頭の記憶としては残っていないけれど、自分の身体か心かがその感覚を覚えていたみたいに感じられた。
 
大人になった私は自分が傷を抱えていることに気づき、何度も生々しく訴えかけてくる傷ついた自分の存在に何度も絶望した。
「一生付き合っていかないといけないのか」と思った。
 
自分=傷だった。
 
でも。
 
そうでなかった自分もいたのだ。
傷があまりに深くてもうそれしか見えなくなっていたけど、愛しか知らず傷なんか知らない無垢な自分もまた、実は心の中にずっといたのだ。
 
その感覚を思い出したら、世界には愛と優しさで満ち溢れているようにしか見えなかった。
 
相変わらず身体は疲れ切っているし狭い飛行機の座席にもたれているだけだったけれど、甘く温かい気分になり、何もないけれどなんだかわくわくしてきた。
 
この先、私はまたどこかのタイミングで、心の凍てつきと向き合い、絶望し、ほとほと嫌になることがあるかも知れない。
 
でも、そんな自分が全てでないことをもう知ったから、これからはなんかなんとか大丈夫な気がするのだ。
 
諦めずに傷とひたすら向き合ってきてよかったと、心から思った。
 
***
 
そうしてなんとなく幸せな気分になって、飛行機を降りて、カフェでケーキセットを食べてからおうちに帰りました。