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感情を抑えて自分を抑えて良い子ちゃんをやるのはもう卒業。30代、性と生のすべてにまつわる感情解放の日々の記録。メール相談はhttp://sarasainmidnight.hatenablog.com/entry/2017/07/22/142258

自己探求は地獄の苦しみ。そんなことしなくても生きていける。でも、

    年末の失恋以来、私はずっと自分の内に深く潜り続けている。

 

 たかだか失恋の痛みかと思いきや、もっとずっと痛かった。

彼という失った存在に対する思いも大きかったけれども、その痛みは実に私の根源的な痛みに直結していた。

 

 

 ー自分は他者に対して結局何も働きかけをすることができないんじゃないか。

 ー愛だと思っていたものは幻だったんじゃないか。

 ー誰も自分のことをわかってくれないんじゃないか。

 ー子どもの頃からずっと、そしてこれからも、私は孤独なままなんじゃないか。

 

    心の凍てつき。

 父と母との関係。

 私の生きる意味。

 私の中の欠如。

 

 

これまで生きてきた中でずっと考え尽くして一旦クリアしたと思っていた問題がまた浮上してきたのだ。

 

 この巨大な痛みとともにこれまで通りの日常生活を送るということがこれまた痛かった。

 

痛い痛い、それでも私は仕事に行かないといけないし、人付き合いもあるし、風呂入らなきゃ、皿も洗わなくちゃならない。

 ※失恋の翌日に仕事さぼったのは内緒やで

 

 断れる飲み会は断り続け、休日はできるだけ家で一人で過ごした。

    なんだか深い海の底から陽のあたる水面を見上げているような気分だった。

 

寂しいけど、静寂な場所だった。

 

 

 そうして最近やっと、大きなこの痛みをやっと一歩離れた場所から捉えることができたように思う。

 

確実に時間は経っていた。

 

***

 

 こうして自分の中深い部分を見つめ続けて、ふと周りを見渡すと、周りの人もなんだかいろいろで、「その人がどう自分自身と向き合っているか」ということに興味を感じるようになった。

 

・ 自分の本心に蓋をしている人

・ 満たされない部分をモノや人で埋めようとしている人

・ 心の状態が体調に現れている人

・ 体調を崩してもなお我慢を重ねている人

 

 

 改めて見てみると、自分/他人に嘘をついている人がなんと多いことかと思う。

 

 本人にしたらそれは長年の嘘だからすっかり板についているのだけど、嘘をついているのって他人からは結構バレバレである。

 

 ついでに、本人が無意識に感じている違和感の糸みたいなものも、他人には明確にバレてしまうものである。

 

 

 一方で、長年置き去りにしてきた自分自身に取り組み始めた人もたくさんいる。

 

・ やっと自分と向き合う覚悟ができた人

・ 寂しさと向き合い続けた果てにパートナーができた人

・ 隠し続けてきた自分の問題を他者に正直に明かし始めた人

 

 

 自分と向き合うことは本当に苦しい。

そのとき人は真に孤独に陥る。のたうち回る。

 

 ときにはその苦しさに耐えきれず、またそれに蓋をして日々のルーティンに埋没していくこともあるだろう。人にはそうする自由だって備わっている。

 

    でも、「あ、この人は最終的に痛みを克服するだろうな」というのが伝わってくる人がいる。

 

どんなに回り道しても、どんなに時間がかかろうと、もうそれを無視することはできない人種。同志。

 

ただただ応援したいと思える。

 

***

 

 嘘をつく人はいつまでもつき続ける。

蓋をする人はいつまでも蓋をする。

 

嘘をついていたって、就職もできるし、結婚もできるし、子どもを作ることもできる。

 

 嘘をつき続けた方が一見シンプルにスムーズに人生は運ばれていくようにも見える。

 

 でも、少なくとも私は、もう“ソレ”を無視することはできない。

 

一度気づいてしまったのだから、“ソレ”なしの人生はもうあり得ない。

自分を突き詰め続けた果ての幸福にしかもう興味がない。

 

 かく言う私もまだまだ途上にいて、まだまだ私の中に嘘はあるのだろう。

    けれど少なくとも、自分に取り組み続けている現在の私に、過去の私も、未来の私も、賛同してくれると確信している。

 

 文字通り暗中模索で、今はまだゴールも何も見えないけど、「このままでいいのだ」という光のような希望のようなものが自分に差してきているのを感じるのだ。

 

 ***

 

 最近はようやく問題の全容が見えてくるようになって、少しずつ冷静に周りを見渡せるようになってきた。

 

 そして、「ちょっと深刻になりすぎてるな」とか、バランス機能が働くようになってきた。

 

 人に話を聞いてもらうようにしたり、人と会う時間を少しずつ増やしている。

そうして自分の中に風を取り込むようにしている。

 

 そういうときに人と会うと、それまでと違った面が見えたり、これまで以上に仲良くなれたりする。

 いっそうその人が愛しくなるし、愛しいと思えることに嬉しくなる。

 

 あと、結構占いやカウンセリングの類もよく利用する。

全く異なる思考体系、全くの第三者からの言葉は、自分の中で不思議な響き方をするのでおもしろい。

ズドン!!!と言葉がクリティカルヒットすることもある。

 

 また、自分で考え尽くした果てにそうした場所に行っているので、とても良い答え合わせができる。

(し、不思議と“マル”をもらえることが多い。そういうもんかな^^)

 

 ***

 

 どん底だ最悪だ、もう人生に良いことなんてない、早く死にたいと絶望していたこの半月の私。

 

 今なお絶望の中にいるし苦しいままだけども、こうしてほんの少し光と風を感じ始めている。

 

 「時間が解決してくれる」なんて言葉は大嫌いだった。

なんの希望も与えてくれない、綺麗事言ってくれるなってずっと思っていたけれど、今回のことを通じて時間の力を体感した。

 

 我ながら、いい時間の過ごし方をしたと思う。

 

 絶望し続けてよかった。

 

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